先日、ご来店されたお客様が、この作品を見てこうおっしゃられました。
「何か抽象画って、難しいのよね。」
ご覧になられていたのは、婁正綱の『和合No.95 No.96』。
― 6歳から父親に教えられて書道を始めた彼女は、1979年12歳のとき中国政府の特別許可により中央美術学院に入学。14歳で中国書法家協会会員に選ばれるなど早くから天才的な才能を発揮し、多くの大会で入賞。
裏付けされた高度な技能、彼女独自の美的洞察力、深い素養をもって生み出されたシリーズ作品には『生命と愛』、『日と月』、『こころ』、『和と合』、『自然』、『万象』などがあります。
1986年より活動の拠点を東京に移し、書画・油彩・執筆と活動の幅を広げ、国内外での多くのグループ展・個展の開催はもちろん、著書も多くあります。
また2004〜2006年、テレビ東京の『こころの書』にレギュラー出演していたので、ご存じの方も多いでしょう。
彼女が生み出す書画作品は、中国水墨画の伝統と現代アートを融合させた作品として、世界で高く評価されています。 ―
このとき、この絵の意味を解説するのをぐっとこらえて、「この絵から、お客様が何か感じ取ってくれたらいいな。」とただ思いながら、私は、そのお客様と一緒に、横並びに立ちただ眺めていました。
解説差し上げなかったのには、私なりの訳があります。
…私は小学校の頃、ある絵画教室に通っていました。
何を描いていたかは忘れましたが、何か遠くの山の上にある神社かお寺を描いていたと思います。
私は、その上の瓦を一枚一枚丁寧に描いていました。
すると、先生が私の絵を見て、私に妙なことを聞いてきました。
「あなたの目は、そんな遠くにある建物の瓦がしっかり見えるの?」
意味がわからず、とりあえず「はい」と答えました。
伝統的な日本家屋の屋根には、瓦がのっているに決まっているからです。
「そうかなあ?」と先生は私の手から筆をとると、せわしくパレットからいろんな色の絵の具をすくいながら、「先生には遠くのものはこう見えるなぁ」と、まるで「点」を打つように様々な色をのせていきました。
先生はそれ以上何も言いませんでしたが、よく考えてみると、そんな遠くの山の上にある家の瓦の一つ一つが肉眼でそんな細かく見えるはずありません。
仮に見えるとしても、(私は当時から眼鏡をかけていたのでなおのこと)「ぼんやりとした点」のようにしか見えるはずないのです。
「日本家屋の屋根は瓦が一枚ずつ重なり合っているはずだ、という常識や思い込みだけで、実際見えてないものを絵に描いてたんだな」
幼心に、そんな風に感じました…。
これは大人になってから気付いたことですが、「なぜ抽象画のような絵が描かれるのか?」「抽象画はどうやって見るのか?」という疑問への、これが一つの答になるのではないか、と思います。
「瓦が『瓦』ではなくて、『点』に見える」という感覚。
これが具象画と抽象画をつなぐ、「キー」だと思うのです。
緻密に「瓦」を描くことをやめ、「点」で「瓦」を表現する。
こんな風に、具象的なイメージが簡素化・抽象化されて、「抽象画」に成っていくのだろうと、私は学者でも画家でもないただの素人なんですが、何となくそう思うのです。
とはいえ、お客様のご発言はたしかにわかります。
「この絵は何を意味しているのか?何を指しているのか?」
こう考えると、難しいと感じる絵はあります。
その代表的なものの一つとして、この作品のような水墨画があると思います。
一般的な水墨画を見て「これが山でしょ。これが川でしょ。何が難しいの?」と思われるかもしれませんが、よくよく見ると、たとえば木は「たった一本の線がすっと縦に引かれているだけ」だったりします。
どうして抽象的な「ただの線」が、私たちの眼に具体的な「木」として見えるのでしょう。
そう考えると、その絵が不思議と難しく思えてきます。
いや、むしろ簡単なことなのかもしれません。
意味を考えるよりも先にそれが木に見えたなら、その線は「線」でなく「木」なのです。
だから、抽象画も意味を考えるから難しくなるわけで、見たまま感じたままに心に映ったものがその絵の意味なのだと思っていただければ、そんなに難しいものではありません。
何か「考えるな!感じろ!」のブルース・リーみたいになっちゃいましたね(笑)。
ですから、お客様が何かを感じ取られたら、それが、お客様にとってのその絵の意味なんだと、私は思います。
もちろん、私にしても他のスタッフにしても、お客様に商品説明を果たすために、その作品やそれを描いた作者に対する予備知識を持って接客しています。
ですからそうした説明を差し上げても結構なのですが、私としては「押しつけがましく説明するのもちょっと違うのかな」と思ったので、私はあえて解説致しませんでした。
(※作品の近くに「作品の概要説明を書いたカード」が貼ってありますので、そちらをご覧いただきながら、ご鑑賞いただけます。)
さて、貴方には、この作品から何を感じられますか?
それを確かめに、当ギャラリーへ是非お越しください。お待ちしております。